これからの医療施設設計における新興感染症への備えについて

(株)久米設計

設計本部 医療福祉設計室

https://www.kumesekkei.co.jp

 

ポストコロナ、ウイズコロナ時代における日本の医療施設のあり方はどうあるべきか。国民皆保険制度のもと、諸外国に比べ多くの病床数があり、いつでもどこでも好きな病院で診てもらえる環境にあった日本の医療。一方で、諸外国と比べると平均在院日数は長く、1床当たりの医者の数は少なく、全国では感染症病床は年々減少傾向が続いきた。
そのような状況下の2020年、新型コロナウィルスによって突如“医療崩壊”が起きた。当初は感染のしくみも正確につかめぬまま、新たなパンデミックの脅威にさらされ、これに対峙した医療従事者は疲弊し、日常の
医療体制は失われた。
当社でも、この間、様々な知見や情報を頼りに、既存施設や設計中の施設に対して、緊急改修や設計変更の要望について、病院スタッフと共に手探りで検討し様々な対策を行った。今後の日本の医療施設づくりでは、進展するDX化やAI、ロボット技術などをはじめ、空調や換気、設備計画面での見直しなど多面的な対策が欠かせない。しかし、かつてナイチンゲールが提唱したように、新鮮な空気、陽光、清潔さ、静けさなどの適正化により、人間の生命力の消耗を最小にする整え方の重要性について改めて気づかされる。

 

スペースのゆとりとオープン化

既存施設からの改修は難しいかも知れないが、今後整備される施設においては、エントランスや外来待合などをできるだけ開放的でゆとりあるスペースとすることが有効である。昨今、医事業務のDX化により、日常の受付や会計などの待ち時間は減り、待合椅子の数も少なくなる傾向であるが、大災害時や感染流行時においては、玄関付近にゆとりあるオープンスペース(=十分な気積)を確保したい。患者同士の密を減らし、臨時のパーテションで簡易な区分けをつくることや、緊急時用の患者動線、検査の場をつくることが容易になるためだ。
また、敷地条件にもよるが、玄関前や救急入り口前に、雨風をしのぐオープンスペースも重宝する。患者を病院内に入れずに、屋外で臨時の検査や処置を行うなど、多目的に活用できることが実証された。

 

可動間仕切りの活用

最近竣工した大規模病院では、800uのERをできるだけオープンなつくりとしつつも、感染対応モードでは予め隠してある可動間仕切りで何分割にも区分けできる仕組みとした。(図1)天吊り型の透明なアクリルガラスパーテションで、締め切った際にもスタッフ同士でアイコンタクトが容易に取れるように配慮した。今後はICUやHCUなどの重症病室でも、感染患者収容を想定して可動間仕切りを設置したり、個室化したりすることが有効である。この際、感染患者の搬送ルートを一般患者動線と交錯しないよう検討しておく必要がある。一方で一般の病棟のスタッフステーションのつくりについては、日常の使い勝手も考慮しつつ、日常と感染対応時にオープン化やクローズ化を容易に可変できる設えがあれば理想的である。

図1:可動間仕切りのあるER

図1:可動間仕切りのあるER

 

 

 

可変性に富んだ病棟

病棟の形態や廊下の作り方にも工夫の余地がある。図2の病院のように、建物の隅がユニット型でつくられている場合は、廊下の一部を閉鎖するだけで病棟の区分けが容易となる。ユニットの一つには感染用エレベータを設けることで、通常は感染症病棟として運用しつつ、いざ感染患者が増えた場合は隣のユニット、さらに隣のユニットへと段階的にコロナ患者の受け入れが可能となり、融通がきく。また、病室の扉にも大きな窓ガラスを付けておくことで、扉を開けずに中の様子が把握しやすくなり、安全性と観察性の両立が図ることができる。(図3)

図2:多翼型ユニットのある病棟事例

図2:多翼型ユニットのある病棟事例

 

 

 

病棟の形態や廊下の作り方にも工夫の余地がある。図2の病院のように、建物の隅がユニット型でつくられている場合は、廊下の一部を閉鎖するだけで病棟の区分けが容易となる。ユニットの一つには感染用エレベータを設けることで、通常は感染症病棟として運用しつつ、いざ感染患者が増えた場合は隣のユニット、さらに隣のユニットへと段階的にコロナ患者の受け入れが可能となり、融通がきく。また、病室の扉にも大きな窓ガラスを付けておくことで、扉を開けずに中の様子が把握しやすくなり、安全性と観察性の両立が図ることができる。(図3)

 

 

職場環境の向上

もう一つは、今まで以上に医療スタッフの職場環境の向上が求められるという視点である。感染パンデミック対応時でも、医師や看護師、あらゆる医療スタッフが、質の高い医療サービスを継続し続けられるよう、ON/OFFが切り替えられる環境、快適な職場環境が欠かせない。例えば、スタッフステーションや休憩室、カンファレンスの窓から空や緑が見えることや、気軽に憩える屋上庭園の設置(図4)など、心身をリフレッシュさせ、疲労感やストレスを軽減する工夫をできるだけ多く取り入れたい。昨今では「well-being」という言葉も注目されている。日常から働きやすい労働環境や自然環境を享受できる施設づくりが、医療スタッフの心身の健康を維持しやすくし自己免疫力を高めるかもしれない。これからの医療施設では、患者の快適性の追求はもとより、スタッフ連携のし易さと働き甲斐のある職場環境の向上が不可欠である。

 

図3:病室の扉に窓ガラスがある事例

図3:病室の扉に窓ガラスがある事例

図4:外気浴が楽しめる屋上庭園

図4:外気浴が楽しめる屋上庭園

 

 


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